音が静かな三味線 しのびね登場


考案したサイレント三味線「しのびね」を弾く今藤長由利。堅いプラスチックにバチが当たる衝撃で、手首を痛めないよう、半円形の薄いゴムが張ってある

 ちょっとした騒音でも深刻なトラブルを招きかねない過密都市ニッポン。気楽に楽器を弾くこともままならないとあって、現代人のストレスはたまるばかり。こんな悩みを解決する丈夫で値段も安い、画期的な「サイレント三味線」が、このほど東京・中野区在住の邦楽演奏家によって開発された。名づけて「しのびね」。邦楽を勉強する人たちには朗報といえそうだ。 (増淵安孝)

 考案したのは、長唄三味線方の今藤流女流演奏家・今藤長由利(57)。

 OLの弟子たちから「近所迷惑になるので、家ではけいこがしにくい」とよく聞かされ、何かうまい工夫はないかと思案を重ねてきた。

 従来の三味線でも「忍び駒」を使えば音を小さくできるが、糸を押さえる所、バチの位置によって不快な割れた音が出る。それと皮に音が共鳴するため、さほど小さくならず、室外にやや音が響いてしまう難点も。

 今藤はこれまでと発想を根底から変え、三味線の本皮、木製の胴から一転、総プラスチック製にすることを思いついた。横浜の樹脂加工会社「拓斗化成」に試作を依頼し、一年がかりで四回もの試行錯誤を経て、今春やっと完成させた。「成型一体型」とすることが成功の秘訣だったという。

 「最も苦心したのが、胴の横四面が湾曲。しかも内側に反響させ、音色を良くする“綾杉”の彫り溝を入れたので、金型がすっぽり抜けず、新たな金型の研究に時間がかかった」と、河村時雄・同社長。

 「しのびね」は、音を反響させる表の皮の部分が薄いプラスチック製の合成皮で不快な振動はほとんどないうえ、破れない。裏はマイクなどの機器を取り付けた後に貼りつける方式。重量は木製の半分以下で強度は数倍、音色も遜色ない。

 部屋のけいこで音質を耳で確かめるには糸の出す音量で十分。マイクをラジカセやアンプに接続すれば普通の三味線として使え、音量を上げればエレキ三味線にもなる初の二方式製品。

 木製の棹の場合、指で糸を押さえる“勘所”が擦りへこみ、一、二年に一回は棹を削り直すメンテナンスが必要だが、強度がプラスチック同様のウレタン塗装施工なので、それが不要。

 「普通の三味線は胴の皮が乾燥し破れないよう管理しなければならず、けいこのたびに布に包んだり、桐箱からの出し入れに手間と時間がかかる。これが重荷になって三味線をやめてしまう人も多いんです」と今藤。

 新製品はこれらの心配と手間がまったく無用、出しっ放しで、時間、場所を気にせず、けいこをしたいときいつでも身近にとりかかれ存分に演奏が楽しめる。

 女流では同流家元に次ぐNO2の腕前で音にも厳しい今藤だが、「音色もすばらしくいい」と話す。といっても本演奏には不向きだそうだが、エレキ演奏などには十分使えるという。

 価格も五万五千円で、従来のサイレント三味線で紅木製四十五万円、花梨製二十万八千円と比べ破格の値段だけに手軽に購入しやすく、惜しげなく使える。三味線を持っている人は棹を転用できるので、購入費は少なくて済む。

 東京・渋谷で三十年前から音楽教室を開いている大浜和史さん(53)は、昨年七月から三味線コースも開設。受講生の指導に、このプラスチック三味線を使用している。

 「生徒も高い値段の木製だと傷をつけてしまったり、乱雑に扱って壊してしまう心配がありますが、それがないので気軽に使えるようです。出しっぱなしでも大丈夫ですし、好都合です」

 今藤はこれまでにも、初心者が、すぐバチを定位置に握れる“ばちあたり”などを考案した発明家。

 「四年前から文部科学省が中学校などで伝統楽器の指導を始めましたが、生徒が使うのには“一石二鳥”ならぬ“十鳥”の優れもの。特許庁に実用新案の申請もしました」と話している。

 問い合わせはhttp://www.youmic.com